行動できない理由の構造【5】
自己管理ができない人ほど、なぜ真面目なのか
行動できない人の多くは、
自分のことをこう評価しています。
- 自己管理ができない
- だらしない
- 続けられない人間だ
そして、この評価を
ほとんど疑っていません。
ですが、これまでの話を踏まえると、
ここには大きなズレがあります。
まず、はっきりさせておきます。
自己管理ができないと言われてきた人の多くは、
本来、かなり真面目です。
適当にやれない。
中途半端が気になる。
「ちゃんとしなければ」という感覚が強い。
この性質がなければ、
そもそもここまで悩みません。
では、なぜ
「自己管理ができない」という評価が
ついてしまったのでしょうか。
理由は単純で、
管理の基準が外側にあったからです。
多くの人は、
こうした基準で自分を管理しようとします。
- 毎日続けられているか
- 決めた通りにできているか
- サボっていないか
- 気分に左右されていないか
これらは、一見正しそうに見えます。
ただし、
すでに行動にブレーキがかかっている人にとっては、
この基準そのものが負荷になります。
真面目な人ほど、
基準を下げられません。
「今日は調子が悪いからやめておこう」
「今は無理そうだから、少し待とう」
こうした調整を、
自分に許せない。
結果として、
無理な基準を守れなかった自分を
強く責めることになります。
ここで起きているのは、
自己管理の失敗ではありません。
自己管理を、
自分を追い込むための道具にしてしまっている状態です。
真面目な人は、
管理できないことよりも、
「管理できていない自分」を
問題にします。
- できなかった理由を探す
- 自分の弱さを分析する
- もっと厳しくしようとする
この方向に進むほど、
行動は重くなります。
なぜなら、
行動そのものが「評価される場」になってしまうからです。
この状態では、
行動は安心できるものではありません。
- 失敗したらダメ
- 続かなかったら意味がない
- 管理できない自分は価値がない
こうした前提が、
行動とセットで存在しています。
その結果、
体がブレーキをかけるのは自然です。
ここで、よくある誤解があります。
「自己管理ができる人」は、
ストイックで、強くて、
感情に左右されない人だ、というイメージです。
ですが実際は違います。
自己管理が機能している人は、
自分の状態を見て、基準を動かしています。
今日はできる日か。
今は休むべきか。
続けるより、止めた方がいいか。
この調整ができるから、
結果として続いているだけです。
一方で、
自己管理ができないと感じている人は、
基準を動かせません。
動かすこと自体が、
「逃げ」や「甘え」に見えてしまうからです。
この考え方こそが、
行動を止めています。
整理します。
- 自己管理ができない人は、怠けていない
- むしろ、基準を守ろうとしすぎている
- 管理の基準が外側にあると、行動は苦痛になる
この状態で
「もっと自己管理しよう」とすると、
問題は深くなります。
このシリーズでは、
自己管理を否定したいわけではありません。
自己管理を
「自分を縛るもの」から
「自分の状態を見るためのもの」に戻す
そのための前提を整えています。
次回は、
「なぜ行動改善が、何度も失敗してきたのか」
その理由を扱います。
方法の問題ではなく、
順番の問題だった、という話です。
河野牧人
